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北海道庁爆破・再審請求裁判(大森勝久)

第62回 裁判所は中島鑑定書などの「証拠開示」を命令し
なければなりません (2014年10月6日記)
裁判所は中島鑑定書などの「証拠開示」を命令しなければなりません
●検察官は相当困り、頭を悩ませていることでしょう
 第58回コラムで報告しましたように、弁護人は本年2月6日付けで、裁判所に「証拠開示命令申立書」を提出しました。どんな証拠の開示を求めたかは、第58回コラムに書いてあります。

 裁判所によりますと、検察官は警察から証拠物等関連物件を段ボール○箱分入手して、整理中であるとのことでした(第60回コラム)。しかし、相当な時間が経っていますが、未だに検察官の「意見書」は提出されていません。裁判所は、この「意見書」を見て、「開示命令」を出すか、どうするかを決めることになりますが、刑事訴訟法の趣旨から当然、開示命令を出さなくてはなりません。「意見書」提出の遅れから、検察官は相当に困っていることが容易に想像できます。

●日本は「法治国家」ですが・・・・
 「〈法〉の支配」と「法治主義」は全く異なった概念です。日本には「〈法〉の支配」の思想はありませんし、「〈法〉の支配」は全くなされていません。〈法〉とは、古くから伝えられてきた永遠の真理=正義のことであり、〈法〉はすべてのものの上位にあって、政府と国民を支配するものです。政府は〈法〉に支配されて政策を作り、法律を作らなくてはなりません。〈法〉に違反する政策や法律は作ってはならず、そうした法律は、〈法〉に違反した「悪の法律」であり無効です。これが〈法〉の支配であり、この思想は英米系の法思想です。私は〈法〉の支配の思想を強く支持し、主張しています。

 一方の「法治主義」は、行政は法律に基づかなくてはならず、だから法律が政府を支配するのではありますが、悪の法律であっても(つまり〈法〉に違反する法律でも)、それに基づく行政を正しいとする思想です。日本で「法の支配」と言われているものは、この「法治主義」のことです。「法治国家」も、この「法治主義」の国家の意味です。社会主義国家には、この「法治主義」すら微塵もありません。

 さて、犯罪捜査をする警察、検察は、法律に支配されて捜査をしなくてはなりません。証拠の捏造や証拠の偽造は刑法犯罪であり、許されません。裁判も法律(刑事訴訟法)に支配されてなされなくてはなりません。検察官は違法証拠(捏造証拠など)を、証拠請求してはなりません。それは裁判を否定し破壊するものです。裁判官は捏造証拠(虚偽証言とか捏造鑑定書とか捏造証拠物とか捏造証拠書類)だと分れば、証拠から排除しなくてはなりません。捏造証拠だと考えているのに、検察官を助けるために、真正な証拠だと評価して、事実の認定にそれを使うことは決してしてはなりません。そうすることは、刑事訴訟法違反です。裁判官の犯罪です。裁判を自己否定することです。

 しかしながら、「法治国家」の日本ですが、こうした違法捜査や違法裁判はままあるのです。しかも、内部告発されることもありません。これは法治主義、法治国家を自ら否定する行為です。「組織の利益(エゴ)」が、法律に優越してしまっているのです。それは、日本人は自立した個と批判精神が弱く、集団(組織)主義であるということ、政府(国家)に対して従順であるということでもあります。

 そうなっているのは、日本には〈法〉の支配がないからです。「法治国家」(法治主義)では、政府(国家)が「自由に」法律を作るのであり、つまり政府(国家)が最上位の存在なのです。日本人には神もいませんから。こういう時、政府(国家)の機関が「法治主義」を否定し破壊することは、起こりうるのです。私たちはこれを克服して、立派な「法治国家」、なによりも〈法〉の支配が貫ぬかれる国家、国民にしていかなくてはなりません。

●私の裁判においては
 警察と検察は「目撃証言」を捏造しました。警察は「モンタージュ写真」も捏造しました(私の逮捕時の被疑者写真をベースにしてつくりました)。検察は、警察官が作成した目撃証人の供述調書の添付図面のB男をA男に、A男をB男に偽造しました。定年退職後に証人に呼ばれた調書を作成した遠藤元警部は、AとBが逆になってしまっていると、「改ざん」を主張しました。立派な元警察官です。

 警察は、ビニールシート、カーテン地、軍手の化学鑑定をやっていない人物(山平真氏)に、その鑑定をやったことにさせて鑑定書を捏造させました。鑑定の中間報告をした「電話通信用紙」も捏造させました。しかし山平氏は、我々がしっかり分析すれば、鑑定の信用性がなくなるように鑑定書や電話通信用紙を作成し、また証言していきました。山平氏は、定年退職後の第1次再審請求審で証人として証言したときには、実質上、鑑定をやっていない旨を証言したのでした。彼も立派な元吏員です。

 私が火薬の主剤である塩素酸ナトリウム(除草剤として、当時市販されていた)を所持していたとする証拠は、この山平鑑定しかないのですが、それは今や崩壊しているのです。

 警察は爆発現場の証拠物の捜査によって、1976年の5月頃には、時限装置に使われた旅行用時計のリン止めネジ2本が、犯人の元に残ったことを把握していました。それゆえ警察は、私の逮捕当日(1976年8月10日)のアパートの家宅捜索において、捜査員のリーダー里幸夫警部にリン止めネジ1本を持たせて、あたかも私の布団袋の中から「発見」されたかのように、証拠物を捏造したのでした。

 警察は私の存在を直前になるまで把握していませんでした。警察が私に道庁爆破の容疑をかけたのは、私が8月7日にゴミステーションに捨てた投棄物の内容を検分した7日の夕方近くだったのです。私は北海道を離れようとします。このように事態の展開があまりにも急であったために、道警は充分考えることが出来ず、里警部に、時計店で購入した旅行用時計からはずしたドライバー痕の付いていないリン止めネジを渡して、証拠の捏造をさせてしまったわけです。

 その後警察は、犯人は時限装置を作り、安全性をチェックする過程で、何度かリン止めネジをはずしたり締めたりするのだから、ドライバー痕の付いていないきれいなリン止めネジでは、まずいこと、そして捏造したことが判明してしまうことに気づきます。それで8月22日以降に、そのネジにドライバー痕を付けて偽造したか、ドライバー痕が付いた別のリン止めネジを探してきてスリ替えたのでした。このネジが、766番の証拠物になっているリン止めネジです。

 検察官は、8月21日付の中島鑑定書(8月10日に布団袋の中から「発見」したネジを鑑定したもの)を開示せず隠したままです。これが開示されれば、そこには「発見」ネジには目立ったドライバー痕はないといった記述がなされていることが明らかになります。即ち、警察がその後ドライバー痕を付けたか、スリ替えたことが明白になるのです。8月10日の発見が真実ならば、このような証拠物の偽造やスリ替えは断じてしません。する必要がありません。

 私たちは、この8月21日付中島鑑定書他の開示を検察官に求めています。裁判所に、検察官が開示を拒むならば「開示命令」を出すことを要求しているわけです。


 2014年10月6日記
大森勝久


(追記)

 検察官は10月16日付で、「弁護人の本件の証拠開示命令申立ては理由がない」とする2枚の短い意見書を提出しました。
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北海道庁爆破・再審請求裁判(大森勝久)