新証拠(蒸発皿による濃縮実験DVD)によって、1審決定と抗告審決定を粉砕する |
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●1審決定(札幌地裁)、抗告審決定(札幌高裁)の不当性
40回に続いて書きます。山平氏は8月8日に「山平鑑定」を行っていません。彼は8日に鑑定資料37点が来たと言っていますが、ビニールシートとカーテンを含む32点は指紋検出に回されて、8日は鑑定には回ってきていません。軍手と網かご3点と木炭片の計5点は、8日に鑑定のため来ましたが、この鑑定をしたのは本実氏でした。山平氏は一部の手伝いをしただけでした。山平氏は虚偽の「鑑定書」を作成し、虚偽の証言をしたのです。また虚偽の8月8日午後2時30分発の「電話通信用紙」(中間回答書)も作成したのでした(控訴審になってから)。
ビニールシートとカーテンなど32点は、指紋検出を終えて8月9日に鑑定に回ってきました。この鑑定をしたのも、本実氏たちだったのです。山平氏は9日以降は一切タッチしていません(山平新証言。2004年10月)。「山平鑑定」は完全に捏造物なのです。
さて、本再審請求書に戻ります。私たちは山平証言に基づいて、「実験準備と全資料観察と仕分」に30分、ビニールシートとカーテンの「外観検査」に各10分、その「付着物の採取」に各1時間余り、その付着物の「顕微鏡検査」に各10分、軍手の付着物をビーカーに浸出させるのに15分を要するとしました。水溶液量は200mlです。
山平氏は「午後2時30分にビニールシート、カーテン、軍手の3点から塩素酸イオンを検出したと電話で中間回答した」と証言しましたから、3点の塩素酸イオン検査の所要時間計15分を差し引きますと、午前9時から作業を開始すると、3点の水溶液の濃縮に費やすことが可能な時間は、第1水溶液は3時間25分、第2水溶液は2時間5分、第3水溶液は1時間50分になります。
少し説明します。山平氏は8月8日に、自分一人だけで作業をしたと証言していました。そして、ビニールシートかカーテンのいずれかから始めたと証言していました。ビニールシートから着手したとすれば、9時30分からその外観検査10分、付着物採取60分余り、付着物の顕微鏡検査10分なので、10時50分過ぎから濃縮にとりかかれます。午後2時15分までの濃縮可能時間は3時間25分です。
次の第2水溶液のカーテンは、第1水溶液の濃縮に取りかかった10時50分過ぎから外観検査10分、付着物採取60分余り、付着物の顕微鏡検査10分なので、昼0時10分過ぎから濃縮です。午後2時15分までに2時間5分を確保できます。
第3水溶液の軍手は、外観検査と顕微鏡検査はせず、軍手を直接ビーカーに入れて付着物を浸出させました。それは、第2水溶液の濃縮に取りかかった昼0時10分過ぎから15分間浸出させるので、0時25分過ぎから濃縮です。午後2時15分までには1時間50分が確保できます。
ところが、「1審決定」は、水溶液量は175mlであっても不合理ではない。付着物採取と外観検査の合計時間は、弁護人の主張よりも短時間としてもおかしくない。だから、第1水溶液の濃縮時間は10分以上長くなるし、第2水溶液は20分以上長くなり2時間25分以上となり、第3水溶液も20分以上長くなり2時間10分以上を確保できる。だから蒸発皿で濃縮すれば、中間回答までに3点の塩素酸イオンの検出を終えることが不可能ないし著しく困難であったとはいえない、と全く恣意的な認定をして前再審請求を棄却決定したのです(1審決定書44、45頁)。
「抗告審決定」は、さすがに恣意的な1審決定を斥けて、「山平証言の内容のとうり」、ビニールシートとカーテンの付着物採取時間は「それぞれ1時間余りであり」、「その水溶液はそれぞれ200ml程度と認めるのが相当である」としました(抗告審決定書8頁)。他の時間も弁護人の主張した時間を採用しました(同10頁)。
ところが「抗告審決定」は「鑑定を速やかに行う必要があった山平は大きな蒸発皿、例えば、容量600mlのものを使用したり、複数の蒸発皿を使用した可能性が高く」(決定書10頁)、そうすると、「2時30分の15分前までにビニールシート、カーテン、軍手の塩素酸イオン検査に着手することは十分に可能であるといえる」。「同様に、8月8日夜までに行われたとされる(その他の)各鑑定も、十分に可能であったと認められる」(10から11頁)と、証拠に基づかない、不合理な想定をもって、即時抗告を棄却したのです。
しかしながら、当時の道警本部には600mlの蒸発皿はありませんでした。本件捜査に携わった岡本氏は、「最大で直径20cm大の蒸発皿があったが、容量は200ml位」と述べているのです。600mlの蒸発皿の場合、上の直径は19cmですが、底の直径が仮に10cmとしても、10mlに濃縮したら、水溶液の高さは約1.2ミリしかないのです。磁器製なので横からではなく、上から見て判断しなければならないわけですから、これで10mlに濃縮することは不可能なのです。
また、山平氏は前再審請求審(1審、2004年10月)における証人尋問で、「蒸発皿は各資料ごとに1個を使用しました」と証言しています(山平新証言)。「複数個使用」という「抗告審決定」の認定は、証拠に基づかないばかりか、証拠に反する認定なのです。
●新証拠(蒸発皿による濃縮実験DVD)が意味するもの
山平氏は各水溶液を10mlまで濃縮して、それで塩素酸イオン等の検査をしたと証言していました。
私たちは濃縮時間が2時間5分(第2水溶液の濃縮時間)のケースと、念のために「1審決定」が不当にも述べた2時間25分(2時間30分とする)の2ケースで、260mlの蒸発皿を用いて200mlの水を濃縮していき、残量を測定しました。ウォーターバスには4個の蒸発皿を同時に載せましたが、位置により残量にバラつきが生じました。かくはん機能がないためです。
2時間5分の濃縮では、残量は28.1ml、29.0ml、33.7ml、36.0mlでした。
2時間30分の濃縮では、残量は7.0ml、11.1ml、14.0ml、14.8mlでした。10ml以下になったのは4個のうち1個のみです。
これによって、午後2時30分発の「中間回答」までに10mlまで濃縮できるのは、第1水溶液だけとなり、3点から塩素酸イオンを検出したという山平証言の虚偽が、明白になったのです。2時間30分の濃縮時間を確保したケースでも、第2水溶液は4個中1個しか10ml以下になりませんから、これでは第2水溶液も濃縮できたと言うことはできません。第3水溶液は、証拠上、液量は定かではないのですが、同じ200mlならば、当然午後2時15分までに濃縮できません。「1審決定」、「抗告審決定」の誤りは明白です。
●「電話通信用紙(中間回答書)(8月8日午後2時30分発)」の意味
「電話通信用紙(中間回答書)」には、「鑑定資料」の欄に「別紙」と書かれています。「別紙」(一覧表)が添付されており、そこには検査をした資料名と検査項目とその結果が記載されています。つまり、「中間回答」をした午後2時30分までに、「別紙」(一覧表)に記載されている検査を実施したということです。8月8日の「夜」までに実施したのではありません。「抗告審決定」の認定は完全に誤っています。
前記3点以外にも、ポリバケツ、ヘラ2個、スプーン4個、コップ大4個、コップ小3個、ザル1個、青ビニールザル2個も検査し、塩素酸イオンだけでなく、亜硝酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、過塩素酸イオン、アンモニアイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンの検査もしたことになっています。
「抗告審決定」の想定(600mlの蒸発皿を使う、蒸発皿を複数個使用)に従っても、「別紙」(一覧表)記載の検査を午後2時30分前までに終えることは到底不可能であることは明白です。
「電話通信用紙(中間回答書)」(8月8日午後2時30分発)も捏造されたものです。
「山平鑑定」は存在しておらず、私が除草剤を所持していたとする証拠は無くなりましたから、「本件爆発物の製造」という間接事実の認定はできなくなります。むろん、公訴事実である「本件の実行」の認定はできません。再審が開始されなくてはなりません。
2013年2月3日記
大森勝久
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