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北海道庁爆破・再審請求裁判(大森勝久)


第39回 遠い昔の「寒い冬」体験
(2013年1月10日記)

お知らせ⇒第2次再審請求を1月23日、札幌地裁に行いました

遠い昔の「寒い冬」体験

2月初めまでストーブなしで過ごしました
 札幌は新年になってから、ずっと真冬日(最高気温が0度以下)が続いています。平年よりもかなり寒いです。札幌拘置所では冬には廊下にスチームが入りますが、それでも旧庁舎時代は、耳たぶに軽いしもやけが出来たものです。新庁舎になって有難いことは、冬を割と暖かく過ごせることです。しもやけとは無縁です。そのかわり、新庁舎では中庭とか一切外の景色は見えなくなりました。

 どうでもいい、つまらない話ですが、「寒さ」ということでは、以前こんな体験をしたことがありました。苫小牧のアパートです。

 私は1974年6月末から北海道に定住するようになったのですが、最初の冬は苫小牧市で迎えました。翌年の6月末に札幌市へ転居しましたので、次の冬は札幌で迎えました。その後は札幌拘置所での生活です。苫小牧は雪は札幌よりずっと少ないのですが、寒さははるかに厳しい土地です。私が体験したのはマイナス20度でしたが、皮膚は「寒い」ではなく、「痛い」と感じるのでした。一番寒い期間は1月下旬から2月上旬ですが、私は最初の冬を2月初旬まで、ストーブなしで暮したのでした。

 その時の話です。どうでもいいことではありますが、書いてみますね。私が借りた部屋は、古い木造2階建てアパートの2階の部屋(2間)でした。北海道の家は、普通は防寒対策のため2重窓になっていますが、古いアパートなのでそうなっていませんでした。ただ冬は、大家さんが内側にビニールを張ってくれました。

 私は当時左翼であり、「自らを厳しい環境に置き、戦っていくのだ」と考えていましたから、「冬は暖房なしで乗り切るぞ!」と意気込んでいたのです。北海道の冬を知らない無知のためです。

 私は苫小牧では、12月半ばまでは野菜と魚を扱う八百屋さんで配達の仕事をしていました。1日中市内や郊外を車で配達していました。12月下旬から翌年6月に転居するまでは、プロパンガス会社で運転助手としてプロパンガスボンベの配達をしていました。

 7月、8月の苫小牧の夏は、本州と大して変わらない暑さでした。カラッとはしています。私はカーラジオから流れてくる渡辺真知子の『かもめが翔んだ日』をよく聴きながら、配達と港の横にある市場に、主人が買いつけた魚と野菜を取りに行く仕事をしていました。9月、10月頃は芹洋子の『愛の国から幸福へ』がよく流れていましたね。私は頭では批判しながらも、心の深いところでは受け入れて聴いていました。晩秋から初冬の11月、12月は、ふきのとうの『白い冬』が大ヒットしてよく流れていました。私も口ずさみながら、魚と野菜の配達をしたものでした。

 私は「今これ位の寒さなら、ストーブ無しでも十分冬を越せるさっ!」と甘く考えていたわけです。私は北海道の冬は未体験でした。ただ、前年の1973年は4月上旬から10月下旬まで、飯場仕事や札幌の寄せ場から行く日雇い仕事をしながら、北海道各地を回ったことがありました。10月下旬は札幌の寄せ場にいました。こうした前後の季節体験(気温)から、甘い推測をしてしまったのでした。苫小牧は札幌より南に位置するからより寒くない筈だ、とも誤って考えていました。

 しかし冬が深まるに従い、「白い冬」よりも「寒い冬」という本質がどんどん迫ってきまして、私は服を全部着たまま布団に潜り込まなければ、寒くて眠ることが出来ないようになりました。最も寒くなる1月下旬に入りますと、朝起きてみると、寝床のある部屋と戸1枚で仕切られた隣の部屋に置いてあるものは、みんな凍ってしまうようになりました。卵も醤油も凍るのです。

 でも、負けてなるものかと私は頑張りました。しかしながら、部屋では服を着て布団に入ってなければ寒いわけで、手袋も当然してますから、本を読むにも読みづらいのです。なによりも下手すると、眠りに落ちてそのまま凍死ということもないとはいえない状況です。次第に私の心に、「中古のストーブを買うしかないのかなー」という考えが浮かぶようになりました。

 そんな時です。出勤する朝だったと思いますが、アパートのすぐ横のゴミステーションにストーブが捨ててあったのです。私の心はあっさり定まりました。すぐに拾って部屋に運び込みました。2月初旬です。ちゃんと使えるストーブでした。それからは非常に快適に暮らすことができました。このストーブは札幌(大家さんの自宅の2階を間借りしました)でも、大いに活躍してくれました。札幌の部屋は、しっかりしたお宅でしたし、もちろん2重窓でしたから、ストーブをたけば暑いほどになりました。

2013年1月10日記
大森勝久



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