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北海道庁爆破・再審請求裁判(大森勝久)

第76回 警察は「発見押収ネジ」を捏造しその後更にドライバーに傷が付
いたネジにすり替える捏造を行いました(2015年11月12日記) 
警察は「発見押収ネジ」を捏造しその後更にドライバーに傷が付いたネジにすり替える捏造を行いました
●私たちは3つの方向から「発見押収ネジは捏造物である」を証明していま
 第2次再審請求では、第1次請求で主張した「山平鑑定は不存在である」(捏造)を引き続いて別の新証拠によって主張するとともに、「8月10日の発見押収ネジは外部から持ち込まれた捏造物である」という新しい主張を行っています。後者を中心に展開しています。本コラムでも「発見押収ネジは捏造」について書いていきます。

 私たちはこれを3つの方向から証明しています。
@ひとつは、「発見状況の不自然さ」を明白にしています。
Aもうひとつは、もともとの発見押収ネジにはドライバー傷は付いていなかったこと、その後にドライバー傷付いたネジにすり替える捏造がなされて、(検)766番の発見押収ネジになったことを明らかにしています。発見押収ネジが真正なものであるならば、それを別のネジにすり替えることはあり得ません。(検)766番の発見押収ネジにはドライバー溝に3ヶ所にくっきりとしたドライバー傷がついていますから、もともとの発見押収ネジには傷はなかったことを明確にすれば、それは外部から持ち込まれた捏造物だとなります。
Bもうひとつは、「演技の捜査」が長々と展開された事実を明白にしています。警察は8月10日の発見押収ネジを捏造しましたから、「警察はそのネジの重要性を認識していなかった」とアピールするための「演技の捜査」を長々と展開したのです。重要性を認識していなかったのだから捏造するわけがないじゃないか、というわけです。

  @については40回コラム、42回、43回で書きました。Aは47回、50回、51回、58回、65回、66回、67回、68回、71回で書きました。Bは47回、49回、69回、70回、73回で書きました。

●布団袋が開示されました−高さ(深さ)は80cmではなく68cmでした/道警は布団袋を検察庁へも送っていませんでした
 私たちは警察の8月16日付け「検証調書」にある布団袋の寸法、高さ(深さ)80cmを基に「再現実験」をしてきました。里警部は「布団袋を2人に持たせて浮かせて、自分が手を中に入れて布団袋の底の中央部をトントンと叩いてゴミを集めました」と証言していたのですが、私たちは「再現実験」で手は全く底に届かないことをDVDに撮り、反論してきました。だけど証拠開示された布団袋の深さは68cmでしたので、手は届きます。私が42回コラムで書きました「手は届かない」の部分は誤りですので撤回いたします。その余の主張は正しいものです。

 なお、警察は布団袋を検察庁へも送致していなかったのです。裁判所の開示勧告を受けて、検察官が道警から「未提出証拠」を提出させて、つまり布団袋も提出させて、開示となったのでした。道警が布団袋を送致しなかった理由はひとつしかありません。布団袋の中にあったとする「発見押収ネジ」は捏造されたものであり、里証言は虚偽であるからです。

●もともとの「発見押収ネジ」にはドライバー傷は付いていなかった−新証拠・西川英明警部の8月15日付け「追跡捜査結果報告書」
 西川警部の上記「捜査報告書」も今回の開示された証拠の中にありました。この「報告書」によってもネジにはドライバー傷がついていなかったことが明白です。「演技の捜査」として石原警視は、8月15日に西川警部、鶴原警部補、谷内警部補に市内の時計店への聞き込みをさせました。西川警部の「報告書」には次のように記載されています。

 「徳永時計店に赴き、当該ビス〔発見押収ネジのこと〕が時計の部品として使われているかどうかを質問したところ同店専務徳永行弘は、当該ビスを手に取って調べてから同店店舗に陳列してある各種の時計を持ち出して一致するか点検したあと、″このビスはシチズンのトラベルウォッチの裏ぶた止め金のネジに一致します。(……)″と述べていた」。

 鶴原警部補は1審47回公判で、〈徳永時計店の専務が店の時計を4、5個出してきて、リン止めネジをはずして、そこに発見押収ネジを入れてみると、シチズンの2種の時計にぴったりと合った。それで徳永の専務からリン止めネジ1本を借りた〉旨を証言していました。

 (1)もしこの「発見押収ネジ」が(検)766番の傷がくっきりと3ヶ所に付いているネジであれば、徳永の専務は「手に取って調べた」のですから、西川警部らに必ず「このネジはドライバー溝に3ヶ所ドライバー傷がありますね」と言って確認させることをします。なぜならば、専務はこの発見押収ネジをドライバーを使って4、5個の時計のリン柱に入れてみる作業をするのですから、その作業によって傷ができたと言われないようにするためです。しかし専務のそういう発言はありません。

 (2)このネジが(検)766番のネジであれば、石原警視はネジを西川警部に渡すときに必ず、「ネジにはこのようにドライバー傷が付いている。聞き込み捜査ではこの傷を変形させないように先方にはしっかりと伝えて検査等をしてもらってくれ」と言います。西川警部は「報告書」の中でそういうことは言っていません。

 (3)そもそも傷がある(検)766番のネジであれば、演技の捜査であってもまず「科研」の中島富士雄吏員に「発見押収ネジ」を渡して、傷の具合をしっかりと検査させ拡大写真を撮らせます。それから時計店への聞き込みです。しかし中島氏が「発見押収ネジ」を検査したのは8月16日から18日です。

 (1)(2)(3)から「発見押収ネジ」にはドライバー傷がついていなかったことが証明されます。西川警部の8月15日付け「報告書」はそれを証明する新証拠です。

●「73回コラム」の修正
 私は「第73回コラム」の1節目の(2)で、8月10日に「発見押収ネジ」等を撮ったカラー写真(8月28日付け「佐藤写真報告書」)のネガフィルムは、上告審中にひそかに廃棄されたと考えられますと書きました。でも、これは間違いだと考え直しました。8月28日付け「佐藤写真報告書」が作成された時に、石原警視はネガフィルムは証拠として保管しないことにしたのです。廃棄した。石原警視が実質的な捜査指揮官だからこれが出来ます。

2015年11月12日記
大森勝久
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