北海道庁爆破・再審請求裁判(大森勝久)

第65回 証拠が開示され「発見ネジ」の捏造が明らかにな
りました(2015年1月20日記)
証拠が開示され「発見ネジ」の捏造が明らかになりました
●検察官が未開示証拠21点を開示しました
 昨年2月、弁護人が裁判所に対して、検察官に対して未開示証拠を開示するよう命令を出すよう申立てました。検察官は10月、開示しない旨の意見書を提出したのですが、11月13日の三者協議の席で、裁判官は開示勧告を出しました。検察官は12月26日になって、「証拠開示勧告に対する回答書」を裁判所へ提出して、21点を開示する旨を述べ、やっと1月19日(?)に開示したのでした。私は1月20日、開示証拠のコピーを弁護人から受け取ったのでした。

 昭和51年8月21日付け中島富士雄・本実作成の鑑定書(私はこれを8月21日付け中島鑑定書と表してきました)や、8月26日付け吉村新作成の捜査関係事項照会回答書などが開示されました。布団袋も開示されました。

●8月10日に私の布団袋の中から「発見された」というネジは、警察官が外から持ち込んだネジであることが明らかになりました
 「発見ネジ」(766番のネジ)は、吉村新氏(リズム時計益子工場長)の(別の)鑑定書によれば、ネジの頭のドライバー溝にくっきりと傷(ドライバー痕)が3ヶ所に付いています。中島富士雄氏は1審48回公判の中で、8月16日から18日にかけて「発見ネジ」の精密な測定をしたことを述べていたのですが、ドライバー痕については何も言っていませんでした。
 弁護人「どこか特徴が一致しているから(766番のネジと)同じだというようなことは言えないんですか?」
 中島氏「そこになりますと、ちょっとはっきり言えないんですね」(48回公判49頁)
 つまり、中島氏が8月16日から18日にかけて測定した「発見ネジ」には、傷はついていなかったということです。そして検察官も中島氏のこの8月21日付鑑定書を、証拠請求しませんでした。

 開示された8月21日付け中島鑑定書には、「発見ネジ」を精密に測定した数値(小数点以下2ケタまで)と、それを拡大投影機で正確に10倍に拡大した投影図2点が描かれていました。1つは、ネジの頭を正面から投影した図です。当然、ドライバー溝がくっきりと見えます。もう1つは、ドライバー溝が見える位置の真横からの投影図です。しかし、傷はどこにもありません。

 「鑑定事項」の(5)は、「その他参考事項」となっています。もし、ドライバー溝にドライバー痕が3ヶ所についていれば、ネジ(リン止めネジです)を何度も絞めたり取り外した証拠ですから、つまり時限装置の「工作」をしていた証拠ですから、必ず鑑定書に記されます。拡大投影図にも傷が描かれます。が、全く言及されていません。つまり、傷は無かったのです。

 今回開示された、8月26日付けの吉村新氏の「捜査関係事項照会書に対する回答書」(8月26日に測定を行う)には、「発見ネジ」にはドライバー溝に「ドライバキズあり」とちゃんと明記されています。つまり、警察は8月18日以降に、傷がついた別のネジ(リン止めネジ)にスリ替えて、吉村新氏に捜査照会をしたのでした。

 吉村氏は、小数点以下3ケタまで「発見ネジ」の精密測定をして、在庫の4個のリン止めネジと比較しています。リン止めネジは、吉村氏によれば「この部品の加工方法は転造(ヘッダー加工)であるため、部品1個1個のバラツキやロットでのバラツキが出る。これはこの加工法の特色である」のです。つまり、全く同じにはならず、微細なバラツキが生じるのです。5個のネジの測定値はみんな微妙に異なっていました。警察はこの点に無知であり、リン止めネジは全て同じ寸法だと思い込んだのです。そして、スリ替えの証拠を残すことになりました。

 「発見ネジ」が同じ物であれば、中島氏の測定値と吉村氏の測定値は同じになります。小数点以下2ケタまでは一致します。しかし、両者の値は、明確に異なっているのです。以下です。
 ・ネジ頭の直径は中島氏が3.85ミリ、吉村氏は3.890ミリです。
 ・ネジの長さは中島氏が3.3ミリ、吉村氏は3.177ミリです。
 ・ネジ頭のドライバー溝の幅は中島氏が0.55ミリ、吉村氏は0.60ミリです。
 ・ネジの軸(ネジ部分)の直径は中島氏が1.88ミリ、吉村氏は1.95ミリです。
 すなわち、警察は傷がついているネジにスリ替えたということです。

 「布団袋の中から発見された」というのが真実であれば、スリ替えることは決してしません。「発見ネジ」は捏造されたものだということが証明されたのです。

2015年1月20日記
大森勝久
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